どこかで知った偶然と

※年齢操作、一部オリキャラ、ヒューズとレッドの過去捏造などの要素アリ。大丈夫な方のみどうぞ。
※この話における警察≠IRPOだと思ってください。わかりづらくてすみません……。

 シュライクの少女失踪事件。十七歳の少女が、煙のように消えてしまったその事件は、ニュースでも大きく取り上げられた。だが、人々の関心も次第に薄れ、いつしか新聞の端に小さく記載されるだけのものなった。それでも、俺にとってはあまりにも衝撃的で、いつまでも頭から離れてはくれなかった。

「いつになったら見つかるんだよ! お前らそれでも警察なのかよ、このボンクラども!」
「またお前か、この悪ガキ!」

 呆れかえったような警官たちの声がする。このやりとりも、もう何回目だろうか。あのニュースを見た日から俺は、毎日のようにマンハッタン警察署に足を運んでいた。……殴り込みにいったっていう方が、正しいのかもしれないけど。

「ロスター君といったね」

 初老の警官が、眉間に刻まれた皺を一層深くしながら、言葉を続ける。

「何度も言っているが、あの事件は何の手がかりも得られずじまいで、我々だって頭を抱えているんだよ。最後にあの子……アセルスだったか。被害者を見たのも、出かけるのを見送った家族だけで、消えた現場に居合わせた人もいないんだ」

 淡々と告げるその態度に、胸がむしゃくしゃした。だって、あまりにも理不尽じゃないか。俺と二つしか変わらない、普通の女の子が、突然日常を奪われた。それなのに、誰も何もしようとしない。報われないにもほどがあるだろう。そんなことを考えると、腹の底がぐつぐつと煮え立ってきて、爪が食い込むくらいに拳を握りしめる。

「その手がかりってモンを見つけるのが、警察の仕事なんだろ⁉」

 目の前の男に掴みかかりそうになったところを、近くにいた警官たちに羽交い絞めにされる。振りほどこうと思いきり身をよじらせたが、普段の喧嘩でそれなりに鍛えていたつもりだったが、大の大人が相手では役に立たない。無性に悔しくて、唇を強く噛み締める。初老の警官は大きく溜め息を吐き、やれやれというように首を振った。
「とにかく、我々から君に話せることはない。君にできることもない。それは明日来ても、明後日来ても変わらないよ」
 やめてやれ、と声がしたのと同時に、俺を押さえつけていた男たちが力を緩めた。急に自由になった身体がバランスを失い、床に背中がぶつかる。強く打ちつけた腰を擦りながら上体を起こそうとすると、すっと手を差し伸べられた。

「部下が乱暴をして、すまなかった。もうこんな時間だ。親御さんに連絡するから、今日のところは帰りなさい」
「……いい。一人で平気だっての」

 差し出された手を強く振り払う。これ以上ここにいたところで、俺の気が晴れるわけではない。ゆっくりと立ち上がり、周りを取り囲む男たちに背を向け、よろめきながら足を進める。
すれ違いざまに、「そのうち、公務執行妨害でしょっぴいてやるからな!」と怒鳴りつけてきた、若い警官のすねに蹴りを一発くれてやり、署を後にした。天を突くような悲鳴が聞こえたような気もしたが、気のせいということにしておく。

 外はすでに日が傾き始めていて、高いビル群の影が地面に映っていた。とぼとぼと歩きながら、初老の警官の言葉を思い出す。
 ——君にできることもない。
 言われなくても、そんなことはわかりきっていた。俺はちょっと喧嘩慣れしただけの、ただの十五歳のガキだ。不思議な力を持った魔法使いでも、天才的なひらめきで事件を解決できる名探偵でも、なんでもない。だからって、諦めきれるわけではない。少しでもあの子の足取りが知りたい。何もできないガキにだって、やれることはあるはずだ。
そんな考えだけが逸り、気づけば俺の足は、リージョンシップの発着場へと向かっていたのだった。

◇ ◇ ◇

 シュライクに来たからといって、状況が変わるわけではなかった。当たり前だが、俺はアセルスという女の子と、面識があったわけではない。顔と名前はニュースで何度も見かけていたが、それ以外のことは全くといっていいほどに知らなかった。どんな生活をしていたのかも、なんで事件に巻き込まれたのかも。警官たちの言葉を借りるのもシャクだけど、何の手がかりも得られないというのを、身をもって痛感する。

「さすがに、突っ走りすぎたかな」
 
 意気消沈。まさしくそんな状況に、大きな溜め息が零れた。吹きつけてきた風の冷たさに、ぶるりと身が震える。マンハッタンを出るときにはまだ顔をのぞかせていた太陽は沈み、蒼さを増した空の下で、ぽつぽつと街灯の光が灯り始めていた。マンハッタンと比べて、この時期のシュライクは、シャツ一枚では肌寒い。着の身着のままで足を運んだもんだから、上着なんてもんは持ち合わせていなかった。風邪でも引いたら面倒だし、適当な店で何か温かいものでも飲んで、それからどうするか決めよう。
 そう考えながら歩いていると、公園のベンチに、一人の少年が座っているのが視界に入った。夜空に溶けそうな青い髪と、オレンジ色のパーカー。背格好からして、歳の頃は小学生くらいだろうか。友達とケンカでもしたのか、親に𠮟られて家に帰りにくいのだろうか、小さな背中を丸めてうつむき、水色のスニーカーを履いた足を所在なげにぶらぶらと投げ出している姿が、何となく寂し気に見える。公園で遊んでいた子どもたちも家路に着いたのか、周囲には人の影もない。
 放っておいても構わなかったが、気が付けば俺は、その少年の側に歩み寄っていた。たった一人で夜の公園に佇むそのしょんぼりとした姿が、どうしたって気になって仕方がなかったのだ。

「おい、ボウズ」

 突然知らない相手に声をかけられて驚いたのか、少年はびくりと飛び上がって、夏の空を思わせる色の瞳を大きく見開く。

「こんなとこで何してんだよ。もうだいぶ暗いし、一人じゃ危ねえぞ。親はどうした?」
 
 問いかけながら、少年の目の高さまでしゃがみこむ。少年はぱちぱちと瞬きをし、微かに眉を歪ませる。さすがに怪しまれたか、と身構えると、少年は目を伏せ、小さな肩を震わせた。
 
「……姉ちゃんが」
「あん?」
「姉ちゃんが、いなくなっちゃったんだ」
 
 振り絞るような声で呟いたと思うと、少年は唇をぎゅっと噛み、目に大粒の涙を浮かべ始める。

「っ、ねえちゃん、が……おれ……っ」
 
 ぽろぽろと涙を零しながら、震える声で言葉を紡いでいた少年は、とうとう堪え切れなくなったのか、火が付いたようにわんわんと声をあげて泣き出した。

「おいおい、どうしたんだよ⁉ とりあえず名前は? 家はどこだよ!」

 突然のことに気が動転しながら聞いてみるも、少年は泣いてばかりで、何があったのかわかりゃしない。俺は犬のおまわりさんなのか? それなら、さしずめこいつは子猫ちゃんだな、はっはっは……なんて考えてる場合じゃない。公園の側を通りがかった御婦人の突き刺すような視線に、俺のせいじゃないんです! といわんばかりに首をぶんぶんと横に振って答える。傍からすれば、不良が小さな子どもを泣かせているように見えるだろう。ガラが良い方ではないと自覚はしているが、今回に限っては無実である。俺だって、見ず知らずの子どもが、なぜ泣いているのか見当もつかないのだ。

「……ああ、もう! いったい何だってんだよ!」

 夜の闇に包まれた公園に、少年の泣き声と、俺の絶叫が響きわたった。

◇ ◇ ◇

 必死に宥めた末、少年はようやく泣き止んだ。詳しく話を聞くと、どうやら近所に住んでいた幼馴染の女の子が、しばらく姿を見せていないということだった。いつも遊んでいたこの公園になら、もしかしたらきてくれるかもしれない。そう考え、たった一人で待っていたらしい。

「なるほどなぁ」

 少年の言葉を整理する。ここはシュライクで、しばらく姿を見せなくなった姉ちゃん。断片的な情報が頭の中で繋がっていく。もしかしてもしかすると、この少年は、あの女の子のことを知っているんじゃないか。そんな考えが頭をよぎった瞬間、少年の肩を強く掴み、揺さぶっていた。

「……その姉ちゃんって、なんて名前だった⁉ どんなやつだったんだよ、おい!」
「いたい、いたいってば!」

 小さくあがった悲鳴に、はっと我に返る。少年は再び目を潤ませている。またもや泣き出されては始末に負えない。慌てて手を離すと、少年は頬をぷくりと膨らませ、口を尖らせた。

「うー、お兄ちゃんってば、乱暴だなぁ」
「悪かったって。それより、その姉ちゃんの話、もうちょっとだけ聞いてもいいか」

 少年は腕を組み、うーん、と頭をひねらせると、いいよ、とひとつ咳ばらいをして話を始めた。

「アセルス姉ちゃんはさー、すっごく優しいんだ。おれの妹ともよく遊んでくれたし。でも、おれが友達とケンカした時とかは『早く仲直りしてきなさい!』って怒るから、たまにちょっと怖いけど」

 こーんな風にさ、と人差し指を眉に当て、怒った表情の真似をする。子どもらしく微笑ましい仕草に、思わず口元がほころんだ。

「でも、お家の手伝いとかもしててさ。おれの家にも、本とか届けてくれてたんだ。自転車でビューンって! かっこいいよな!」
「お前、姉ちゃんのこと大好きなんだな」
「うん! お父さんと、お母さんと、妹と、おんなじくらい大好き!」

 無邪気に歯を見せて満面の笑みを浮かべたあと、少年はふと、遠くを見つめるような眼差しを空に浮かべ、それからゆっくりと俯いた。

「……姉ちゃん、どこ行っちゃったんだろう」

 先程までとは、打って変わって寂しげな声だった。少年の膝に置かれた手に、ぎゅっと力がこもる。

「おれが、けんかばっかするし、泣き虫だから、嫌になっちゃったのかな。もう、会えないのかな」

 小さくしゃくりあげる音がした。頬から零れ落ちた雫が、少年のズボンにシミを作る。きゅっとつねられるような感覚が、胸に広がっていく。その背に触れようとして、おそるおそる伸ばした手を止めた。
 家族のように大切だった姉ちゃんが突然いなくなった喪失感は、俺が思う以上に深いものだろう。それに、まだ幼い彼にとっては、自分が何かしたせいで、大事なお姉ちゃんがいなくなった、という気持ちが生まれるのも、わからないことではない。ずっと一緒にいた相手にもう会えないかもしれない。そんな不安や悲しみは、何も知らない俺が背中を撫でて慰めてやったところで、簡単に晴れるものではない。
 じゃあ、俺にできることは何だ。そのうち帰ってくるさ、心配すんな、なんて、聞こえのいい言葉をかけてやることなのか。

——君にできることもない。

 警官の声が頭に甦る。まったくもってその通りだ。もしかしたら、あのムカつく警官たちだって、同じような無力感を抱えていたのかもしれない。だからって、今、目の前で泣いている子どものために、何もしないわけにはいかないだろう。俺の心の中に、ある一つの決心が生まれた。できることがないなら、無理を通してでもやってやればいいんだ。泣いている誰かの側で、ただ突っ立っているだけなんて嫌だ。そうだろう、ロスター。
 自分の両頬をぱしんと叩き、少年の肩をもう一度強く掴んだ。驚いて顔を上げた少年の瞳をじっと見据える。

「俺が、姉ちゃんを見つけてやる」

 少年は目を見開き、おずおずとした口調で俺に尋ねる。

「っ、ほんとに? アセルス姉ちゃんのこと、探してくれるの?」
「ああ、ホントだよ。今日明日は無理でも、いつか絶対に。だから泣くんじゃねえよ」

 自分自身にも言い聞かせるように、はっきりと力強く答えた。今すぐじゃなくても、やってみせる。大きく頷いてみせると、少年は泣き腫らしたまぶたをごしごしと擦り、唇をきゅっと結ぶ。

「おれ、もう泣かないよ。姉ちゃんが帰ってくるまで」
「ああ、男同士の約束だ」

 少年の頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると、くすぐったい、と抗議の声がした。それでも、その表情はどこか嬉しそうで、こちらもつられて笑みがこぼれた。

「……へっくしゅん!」

 ひんやりとした夜風に、身体がぶるぶると震えた。そういえば、俺はどこかの店で温かいものでも飲もうとしてたんだっけと、ふと思い出す。腕時計を見ると、マンハッタンを出発してから、かなりの時間が経っていた。

「お兄ちゃん、大丈夫? 風邪?」
「こんくらい平気平気。それよりお前、そろそろ帰んなくていいの? もうこんな時間だぜ」

 時計を見せてやると、少年の顔がみるみるうちに青ざめていく。

「やばい、お母さんに怒られる!」

 ベンチからぽんと降り、少年は公園の外に向かって走り出す。途中で足を止め、俺の方へ振り返り、底抜けに明るい声で叫んだ。

「お兄ちゃん、ありがとう! またね!」

 ひときわ輝くような笑顔を浮かべ、少年はぶんぶんと手を振ると、風のように駆け出した。

「ああ、じゃあな」

 次第に小さくなっていく背に向け、手を振り返す。泣いた顔、笑った顔。アセルスという少女のこと、約束。少年と過ごした、短くも濃い時間が脳裏に思い返される。

「またね、か」

 少年の言葉を口に出し、目を閉じる。いつになるのかわからないが、どこかで偶然、またばったりと出会える。そんな気がしてたまらなかった。

「言っちまったからには、やるしかねえよなあ」

 これからするべきことの多さに少し頭が痛くもなったが、俺の胸の内は晴れやかだった。大きく伸びをし、天を仰ぐと、空には丸い月が浮かんでいる。そろそろ帰ろうと、立ち上がった時、俺は、あることに今さら気がついた。

「……名前、聞いてなかったな」

◇ ◇ ◇

「へえ、そんなことがあったの」

 ファイルに綴じられた分厚い資料をめくりながら、ドールが顔を上げる。IRPOは今、悪の組織ブラッククロスについての捜査の真っ最中だった。

「そ。俺の青春の一ページ」
「今と違って、随分と優しかったのね。ロスター君って」
「おーい、ドールちゃん。俺は今でも強くて優しくてイカした、ナイスガイだぜ?」

 ぱちんと片目を閉じて愛のアピールをするが、意にも介さない様子で、ドールは再び資料に目を向ける。いつものことながらつれないなぁ。しょぼしょぼとコーヒーを啜っていると、ドールがファイルをぱたんと閉じ、ふぅと小さく息を吐くと、形のいい口元を緩ませて、俺の方へと向き直った。

「あなたがそんな話をするなんて、珍しいわね。何かあったの?」
「いやー、あのレッドって小僧を見てたら、なんか引っかかったんだよね」

 レッド。キャンベルビルで出会った、向こう見ずで生意気なガキ。何でも、たった一人でブラッククロスの足取りを追っているらしいが、どうにも危なっかしいうえに命知らずな面があるようだった。キャンベルビルでもあの女社長に向かって、どストレートに「ブラッククロスのことを聞かせろ!」だとかなんとか言いだして、手を焼いたのが記憶には新しい。ぶん殴ったのは、ちょいとやりすぎたかもだけど。
 だが、どうしてあの少年と、あのレッドが結びついたのか、自分でもわからない。確かに髪の色も、目の色もよく似てはいるが、青い髪に青い瞳のやつなんてこの世にごまんといる。強いて言えば、なんとなく放っておけない、そんなところが似ているのかもしれないが。

「いや、無理があるよな」

 うんうんと唸っていると、ドールが涼し気な目を細めて、ふふっ、といたずらっぽく笑う。

「案外、その子がレッドくんだったりして」
「はあ?」

 突拍子もない言葉に、思わず素っ頓狂な声が飛び出る。そんなまさか、と言い返そうとした時、ドールの通信機から緊急コールの甲高い音が鳴った。短く応答し、ドールが席を立つ。

「偶然って、意外とあるものよ」

 そう呟き、ドールは資料室を後にしていった。一人残された俺は、もう一度、あの時のことをゆっくりと思い出す。
 俺は個人的に、シュライクの少女失踪事件のことも調べて続けていた。だが、十二年経った今でもアセルスという少女の消息は掴めていない。あの後、俺は何度かシュライクに足を運んだが、少年と再び会うことはなかった。どこかですれ違っていたのかもしれないが、あれから随分と時間も経つし、お互い気づかなかったこともあり得る。果たせていない約束に、胸がチリリと痛んだ。
息を吐き、目を閉じると、「またね」と言った少年の笑顔が脳裏に浮かぶ。出会ったときに小学生だったのなら、あの少年もそろそろ、レッドくらいの歳になっているだろうか。

「……ん、待てよ」

 そういえばあいつも、シュライク出身とか言ってたような、言ってなかったような。考えれば考えるほど、あの少年と、レッドの姿がどんどん重なっていく。

「偶然、ってヤツ?」
 ドールの言葉を反芻しながら、ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干した。

あとがき

やりたい放題にもほどがあった。ヒューズはアセルス失踪事件がきっかけで捜査官を目指したということもあり、それくらい彼にとってあの事件って衝撃的なものだったんだろうな~と思います。
行動力に溢れたヒューズのことですし、もしかしたら勢いのままシュライクまで突っ走ってた可能性もあるのかな~、もしかしたらそこで烈人くんと出会ってたかもしれない。キャンベルビルで偶然出会ったあの二人が、昔にも偶然出会っていたのなら面白いかも、という考えのまま描いた話になります。
それにしてもロスター少年が熱血漢になりすぎた!

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